二人部屋の秘密・リベンジ!

  いつものようにカバンの中の鍵を探り、慣れた手つきで玄関を開ける。
  家の中は、思った通り誰もいなかった。
  そのがらんとした空間を見ていると、いつものことながら寂しさと解放感が混じりあった感情がこみ上げてくる。
  瑞穂(みずほ)はふうっとため息をついた。
「さて、っと……」
  いつもならここで直ぐに冷蔵庫をあさっておやつにするところだが、今日はやることがある。いや、今日でないとできないことがあるのだ。

  一週間程前のことである。
  その日も部活があり、かなり遅めに帰ってきた瑞穂は、三つ年上で大学生の姉、怜美(さとみ)の机の上にさりげなく置かれていたドラッグストアの袋に目をとめた。
  怜美がドラッグストアに行くなんて珍しいと思った瑞穂は袋の中を覗いてひとり納得した。そこには、姉がこのところいたく気に入っているアイドルが宣伝している新発売のシャンプーとリンスの小瓶が入っていたのだ。
  瑞穂は姉が近くにいないのを確かめると、ひとりにやっと笑った。
〈よしよし、使ってやろーっと〉
  ところが、夕食も終わり、いざ瑞穂が風呂に入る段になってみるとない。ないのである。
  怜美がどこかに隠したらしく、部屋のどこにも見当たらない。
  必死になってあちこち探してみたのだが、まるで蒸発してしまったかのように消えてしまっていた。

  瑞穂はその日の姉の行動を思い返してみた。
  怜美は夕食までいつもの通り家の手伝いをし、自分の部屋には一回しか入っていない。部屋から出て来たときにも何か持って出たという気配はなかった。
  が、しかし、瑞穂の後に風呂に入った怜美の髪からは嗅いだことのない匂いがした。
  と、いうことは、怜美は瑞穂にシャンプーを使わせないためにどこかに隠したのだろう。
  瑞穂はそう確信した。
  そこで、瑞穂はこれまで「風呂の掃除をする」だの「おしゃれの研究をする」だのと言っては洗面所に閉じこもり、洗面所の隅から隅まで捜してみたのだが、どうしても見つからなかった。
  となると、隠し場所は一つしかない。
  姉の部屋である。

  さっき「姉の部屋」といったが、厳密にいえば「姉の部屋」というものはこの家には存在しない。
  瑞穂の家は、両親、姉、高校生の瑞穂の四人家族だが、家の狭さと父母の方針で姉妹は八畳程の部屋を机や本棚で分けて使っている。すなわち、今瑞穂と怜美が使っているこの部屋は「怜美と瑞穂の部屋」であり、そのうちの「姉の領域」を「姉の部屋」と呼んでいるだけなのだ。
  その「姉の部屋」を、瑞穂はぐるりと見渡した。
〈さてっと、どこから探そう……〉
  姉、怜美の部屋は至ってシンプルである。
  家具は部屋を二つに区切っている古い学習机と上から下まで本がいっぱい詰まった本棚のみ。古い型のワープロと小さめのMD-CDコンポが机の下に置かれ、反対の壁には押し入れと埋め込み式の作りつけのクローゼットがあるというだけで、タンスやカラーボックスがあり、かわいいぬいぐるみや小物が所狭しと並んでいる瑞穂の部屋とは正反対の、こざっぱりとしているが全く女の子らしくない部屋である。
  その上、これは家具の多さからみて仕方のないことなのだが、妹の部屋の方が姉の部屋より大きくなるように区切ってある。そのため、姉の部屋は布団を敷くと下のカーペットが見えなくなるくらい狭いのだ。
  このように狭く単純な作りの部屋なので、当然、隠せる場所も限られてくる。
  隠し場所については、瑞穂はもう見当をつけていた。
  ①、机の一番大きな引き出しの中
  ②、机の下のコンポの後ろ
  ③、押し入れの使わない布団の間
  ④、押し入れの下にある姉の洋服入れの中
  ⑤、作りつけのクローゼットの中
  瑞穂は、探すのに一番楽そうな机方面から探し始めることにした。

  どのくらい経ったのだろうか。
  はっと机の上の時計をみて、瑞穂は顔をしかめた。
  既に五時近くになっている。
〈やっばあ……〉
  怜美は毎日、判で押したように同じ時間に帰ってくる。
  大学というところは終わる時間がまちまちで、しかも片道一時間の自動車通学をしているのだから少しぐらい渋滞などに巻き込まれているとは思うのだが、必ず五時半に帰ってくるのだ。
  それを知っているからこそ、わざわざ部活のないこの日を選んでいるのだが、ここまででかなり時間がかかっている。
〈しっかしなあ、ほんっとにどこ隠したんだ……?〉  机も押し入れも隅から隅まで探したのだが、シャンプーの影も形も見当たらない。
  残るはクローゼットだが……。
〈あそこを三十分で探せるだろうか?〉
  瑞穂は不安げにクローゼットを見た。
  怜美のクローゼットは壁に埋め込まれていて、扉を閉めると壁と変わらないようになっている。
  何度か覗いているから知っているのだが、このクローゼットの中は姉の部屋の中で一番乱雑なところである。
  ハンガーに掛かった服を掛けるところとその下の二段の引き出しから成り、服は当たり前として、小さい頃のアルバム、あまり遊ばなくなったけど捨てるにはしのびない着せかえ人形など、物持ちのいい怜美が何でも突っ込んでいるのでかなりパンパンに膨れ上がっているのである。
  こんなところを三十分で探し、かつきちんと扉が閉まるように片付けることができる自信は瑞穂にはない。
〈ま、いっか……〉
  片付かなくても適当にごまかしておけばいい。
  そう開き直ると、瑞穂はクローゼットの扉を勢いよく開けた。
  途端に中の物がざあっと流れ落ちてくる。
  瑞穂は落ちてきたものを見て目をぱちくりさせた。
「あっきれた」
  服が掛けてある下の空間にあったものは、かなりの量のアイドル雑誌や音楽雑誌。母親に見つかると怒られると思った怜美がクローゼットに隠しておいたものだった。
〈しょうがないやつ……〉
  落ちてきた雑誌を脇によけ、探し始めようと思った瑞穂だが、横に置いた雑誌がどうしても気になってしょうがない。
  好きなアイドルがいるのは瑞穂とて同じことである。
〈少しぐらいなら……〉
  瑞穂は雑誌を一つ手に取り、床に座り込んだ。

  どれくらい経っただろうか。
  ピン、ポーン。
  ゆっくりと鳴るチャイムの音に、瑞穂ははっと我に返った。
  時計を見ると既に五時半を回っている。
  今まで雑誌の記事に夢中で時間のことなど全く気にしていなかったのだ。
〈うわあっ……!〉
  瑞穂は慌ててクローゼットの中に雑誌を突っ込み始めた。
  ……ピンポーン、……ピンポン、……ピポピポーン。
  片付けている間にチャイムはだんだんせわしくなる。
〈ん、もう……〉
  鍵を持って行っているのにそんなに鳴らすなよな、と思いながらも、瑞穂は手当り次第辺りのものをクローゼットの中に投げ入れた。
  ついに、がちゃがちゃという音が聞こえ、次いでがたんという音とともにやけに間延びした声が聞こえてきた。
「たっだいま……。あーっ、もう、瑞穂ったら、こんなところにカバン置いて……」
  怜美の声である。
  瑞穂はクローゼットの扉をバタンと閉めると急いで部屋を出た。
「あ、おかえり、お姉ちゃん」
  何事もなかったかのように応対する瑞穂を見向きもせず、怜美は重そうなカバンを下ろすと布団が干してあるベランダに直行した。
「あーっ、もう、なんで布団いれてないのよ……」
  ぶつぶついいながら布団を引っ張り入れる怜美。
そんな姉を、瑞穂は半ばほっとする思いで見ていた。
〈この分だと、とーぶん気づかないだろうな……〉
  そう思いながら自分のカバンを片付けようとした瑞穂は、横に投げてある怜美のカバンをみてはっとした。
〈まさか……〉
  常識で考えると、学校には持って行かないだろうとは思うのだが、怜美は、瑞穂が見る限りでは非常識の部類に入る人である。シャンプーをカバンに入れて大学にまで持って行くこともしかねない人なのだ。
  瑞穂はちらりと怜美のほうを見た。
  怜美はベランダの布団や洗濯物相手に悪戦苦闘していてこっちには全く注意を払っていない。
〈今だ!〉
  瑞穂は怜美のカバンをあけ、中を覗き込んだ。
  難しそうな本やお世辞にも綺麗とは言いかねるノートがカバンいっぱいに入っている。が、しかし、シャンプーはどこにもなかった。
〈ここにもなかったか……〉
  瑞穂はがっくりと肩を落とし、カバンを元どおり閉めた。

  怜美の部屋にも、クローゼットの中にも、カバンの中にもない。ということは……。
〈うーん、どこにあるんだろう?〉
  まだ洗濯物と格闘している怜美を横目に、瑞穂は考えこんだ。
  怜美がよく利用しているところで、まだ探していないところ……。
  しばらく考えた末、瑞穂はあるところを思いついた。
〈そうだ、車の中!〉
  怜美が通学に使っている軽自動車の中に隠しているかもしれない。
  幸い、怜美の車の合鍵が玄関にある。
  瑞穂はそれを引っ掴むと、急いで家を出た。

  合鍵で鍵を開け、瑞穂は怜美の車の中に入った。
  中は怜美の部屋と同じく殺風景である。
〈さてっと……〉
  瑞穂は靴を脱いでシートの上に上がると、あちこち物色し始めた。
  といっても、狭い軽自動車のこと、あっという間に探し終わったのだが、やはりシャンプーは見つからなかった。
「はあっ、疲れた……」
  瑞穂は運転席に腰かけ、ためいきをついた。
「あのばか、一体どこに隠したんだろう……?」
  運転席にもたれていると、これまでの疲れと見つけることのできない苛々で、姉に対してだんだん腹が立ってきていた。
〈こうなったら、力ずくで……〉
  考え方も過激になってきている。

  瑞穂本人にも自覚があるのだが、昔から瑞穂は、気に入らないことがあるとすぐ怜美に手を出したり足で蹴ったりしてきていた。
  もっとも、瑞穂のほうにも言い分がある。
  怜美が、大学生の割に子供っぽくわがままなのだ。
  別に怜美のことを嫌っているわけでもない。むしろその逆で、大学で忙しいにもかかわらず家事全般をやってのけている姉は尊敬に値する、と思っている。
  しかし、怜美は時々瑞穂に逆らったり、少し馬鹿にしたように子供っぽくなったりすることがある。
  そんなとき瑞穂は怜美に手をあげてきた。
  しかし、このところ怜美もようやく何かを心得てきたようで、瑞穂に叩かれても蹴られても自分の『我を通す』ことが多くなっていた。
  瑞穂のほうも、怜美はすっごくわがままだと思いながらも「暴力はやめようかな……」と思ってはいるのだが、今回のようにシャンプーを隠して使わせないといった怜美の行動にはやはり腹が立つ。
〈ようし……〉
  瑞穂はある決心をすると、怜美の車を出た。

  そうっと玄関の扉を開ける。
  怜美は洗濯物との格闘が終わったらしく、今度は台所で朝使った茶碗を洗いながら鼻唄を歌っている。
  瑞穂は勢いよく玄関の扉を閉めると、ずかずかと廊下を歩き姉の後ろに立った。
「あら、おかえ……」
「お姉ちゃん!」
  怜美の間延びした声をドスの効いた声で制し、瑞穂は怜美に詰め寄った。
「お姉ちゃん、シャンプー、どこやったの!」
  答えようによっては手か足を出すつもりだった。
「……シャンプーって……」
「この前買ったシャンプーよ!」
「ああ、あれねえ……」
  怜美の答えはいつものペースを崩さず、こっちのほうが苛々した。
「使いたいの?」
「使いたいからきくんじゃない!」
  瑞穂はぐぐっと詰め寄った。
「もったいぶらないで早く教えてよ!」
  瑞穂の苛々とは正反対に、怜美はしごく落ち着いて、いや、この状態を楽しんでいるようにみえた。
「教えて欲しい?」
「もちろん!」
  怜美は一瞬にやっとした顔になって言った。
「おしえなーい!」
  次の瞬間、怜美の顔に瑞穂の強烈なパンチが炸裂した……。

  いつもの癖を発動した怜美にいいようにあしらわれた瑞穂は、この後怜美をボコボコにしたのだが、怜美は頑として口を割らず、結局瑞穂の根負けに終わった。
  が、あきらめたわけではない。
〈絶対、見つけてやるんだから!〉
  そう思いながら、今も時折暇を見つけては姉の部屋を探しまわる瑞穂であった。

(終)
2002.12.9.  風城国子智(作者の現状と若干の注意)

WindingWind 風城国子智