氷嚢/氷室/氷雨(300字SS『氷』三題)

氷嚢 —明日の風に中世編—
 少し持ちにくい、小さな袋を、眠っている禎理の腋の下からそっと持ち上げる。動物の膀胱に水を入れたものを布袋で包んだ、既に温くなっているそれを軽く突き、魔法で中の水を氷にしてから、エクサはその袋を再び無音で禎理の腋の下に戻した。
 熱は、まだ、下がっていない。小さく呻く禎理の汗ばんだ額に、細い指を這わせる。当たり前だ、こんなに酷い怪我をしているのだから。氷嚢を作る前にエクサが魔法で血を止めた、それでもまだ赤色が見える腕と足の包帯に、エクサは大袈裟に息を吐いた。全く、こいつは。……何故、他人の為なんかに、無茶をするのだろう? 呆れと、少しの好奇心を覚え、エクサはもう一度、禎理の、熱に浮かされた額を撫でた。
 
氷室 —狼牙の響—
 ひんやりと湿った洞窟の床を掘り返し、藁とおがくずに埋もれた氷を取り出す。半分以上溶けてはいるが、まだしっかりと形がある透明な塊は、この氷を埋めた頃の身を切るような寒さを蘭に思い起こさせた。
 『谷』を囲む山々の奥にある静かな池から切り出した氷を、日の射すことのない洞窟の奥に拵えた氷室で保管し、盛夏と呼ばれる季節に取り出して使う。ずっと昔からのこの風習も、『谷』に、川の水流を用いて作る電気というものが導入されてからは殆ど廃れてしまった。それでも、蘭が氷室に拘る理由は。
「この氷で作る氷菓、美味しいんだけどなぁ」
 手の中の溶けかけた塊に、一族が既に忘れた美味を重ねる。
 幻の味に、蘭はそっと口の端を上げた。
 
氷雨 —幻想の青と白—
 氷雨と、霰と、雹。この三つの違いは何なのだろうか? しかしその問いに、左耳に配したイヤカフ状の機器を通して即座に答える人工知能の声を無視して、尤理は透明な窓の外で落ち続ける細い線に見入っていた。
 どちらにせよ、この天気と寒さでは、外には出られない。折角の休暇時間なのに。窓の向こうの濃い灰色の空を見上げ、息を吐く。人口が極端に減った町や村を短期間で移動し、人工知能と共に管理する。それが、尤理の仕事。その仕事の合間に、一つとして同じ所が無い小さな町を散策するのが、尤理の気晴らし。
 次の休暇時間は、晴れると良いな。思考に反応し、天気予報を尤理の脳に囁く人工知能に窓の外の空の色を重ね、尤理は大きく微笑んだ。
 

(終)
2017.2.4.  風城国子智(作者の現状と若干の注意)

WindingWind 風城国子智