冬に遊ぶ

 雪が降ると、道が凍る。
 夜のうちに降り積もった、白く柔らかな水っぽい雪が、朝になって走り出す車のタイヤで圧縮される。その過程で少し解けた雪も、気温がマイナスなのであっという間に凍る。結果、朝の七~八時頃にはつるっつるの轍のできあがり、というわけだ。
 その白い轍を滑りながら進むのが、私は好きだ。だから、雪の降る間は毎日、いつもの大きな道沿いの歩道ではなく、その一つ後ろにある生活車道を通って職場に行く。つーはんで購入した可愛い防水ブーツでつるつると滑りながら。
 もちろん、子供っぽい遊びであることは否めない。雪掻きする人の横を滑り歩いていると、好奇の目で見られることもままある。
 それでも、自分が楽しいのだから、問題は、ない。

 冬の間歩道を通らないメリットも、勿論ある。行政が雪掻きをしてくれる車道とは違い、歩道は、公も私も、誰も雪掻きを行わない。商店の前は流石に雪掻きがしてあるが、駐車場の前や田畑の前の歩道などは、冬の初めからの雪がこんもりと積もっている。更に、この街では、歩道は車道に積もった雪を置いておく場所という認識しかないらしく、車道を雪掻きした後の雪は全て歩道に積み上げられる。歩き難いことこの上ない。しかも最悪なことに、その雪が解けると、歩道はちょっとした川あるいは沼になる。この街では「防水ブーツ」ではなく「膝まである釣り用の長靴」が必需品である所以だ。
 年寄りばかりのこの街の人々に、お偉い人は「頑張って自主的に雪掻きせよ」と迫る。そんな馬鹿な策に乗れるほど、私は初心ではない。

 雪が珍しい地方から、雪降り積もるこの小さな街の大学に奉職してから五年経つ。しかし未だに、この町でスキーやスケートといった冬の遊びを楽しんだことは、無い。スキー場もスケート場も、少し頑張れば行ける所に有るというのに。
 理由は、簡単だ。冬の大学は、忙しいのである。
 一月中旬の「絶対に失敗してはいけない二日間」、もといセンター試験に始まり、推薦入試、大学院入試、一般入試、定員割れした場合の二次募集。ただでさえ職員数を減らされている大学にとっては、一人の職員の病欠も許されない。こんな時にスキーへ行って怪我をしたら、叱責、減給どころか首まで切られかねない、は大袈裟か。そんな訳だから、冬の間、大学職員は数少ない休日(入試は大抵土日に行われる)を家に引き籠もってすごすしかない。スキーもスケートも、夢のまた夢。
 こんな生活を三十五年続けて、やっと自由になったところで六十五だ。短命な我が家系では六十五でスキーなど、できる確率は皆無に近い。毎月給料から天引きされている年金でさえ、お偉方の企みにより、確率1で貰えないのだから。
 老後を夢見ることは、私たちの世代では許されていないこと、なのだ。

 だから私は、今を楽しみ、通勤の僅かな時間で遊ぶ。
 足の裏に掛ける力を調節しつつ、白い轍をつるつる滑り歩いたり、横断歩道のない車道を横切る為の車待ちで、足裏の外側に力を入れて股開きをしたり(これはやり過ぎると元の体勢に戻れなくなるのでほどほどに)。思わぬ場所で滑りかけてヒヤリとすることもあるが、それはそれで楽しくないわけでもない。
 往路で遊び、復路で遊ぶ。
 そして今日も、冬の日は楽しく過ぎていくのである。

(終)
2012.11.19.  風城国子智(作者の現状と若干の注意)

WindingWind 風城国子智