赤と白

 痛む右腕を揉みながら、作業台の上の皿で佇む白と赤の一片を静かに見やる。扇形に切り取られたその固まりは、真ん中に白と赤の太い線が入った香ばしそうな狐色の面を、蘭の方に見せていた。
「『けえき』、っていうものを、作ってほしいの」
 この家の末娘、園が、蘭にそう頼んだのは、今朝のこと。おそらく、大上家で世話をしている書生の一人から、異国で行われている祭りのことと、その祭りで食べられている食物のことを聞いたのであろう。冬に舞う雪よりもきらきらとした瞳で依頼された蘭は、頷くより他、無かった。
 この命が尽きる前に食べたいもの。その一つに、この食べ物が入るのではなかろうか。目の前の、白と赤から、そっと目を逸らす。赤く光る苺は、この季節には珍しいもの。牛の乳の加工品であるクリームも、この固まりのあちこちに用いられている砂糖も、蘭が居候している大上家の財力が有ればこそ、取り揃えることができたもの。蘭自身は、外国で広く使われ始めている『ちょこれいと』を使ったケーキの方が好きだが、それでも、この白と赤には、……惹かれてしまう。
 蘭には無縁の思考を、何とか振り切る。固くなるまで卵をかき混ぜていた腕の痺れが取れたことを確認し、蘭はケーキの乗った皿に手を掛けた。
 落とさないように、慎重に、皿を縁側まで運ぶ。戸袋で影になった場所に皿を置くと、地面に落ちた枯れ枝が折れる音が、蘭の耳に確かに響いた。……来た。
 縁側の影で揺れる白と赤から、山茶花の上に白い雪が薄らと積もった小さな庭へと目を移す。種類の違う赤と白を確かめつつ、瞳だけを横に動かすと、確かに、先程までその場所にあったはずの赤と白は跡形も無く消え失せていた。
 異国のお菓子だが、気に入ってくれたら、嬉しい。ゆっくりと明るさを取り戻す庭を、蘭はいつまでも眺め続けた。

(終)
2016.12.25.  風城国子智(作者の現状と若干の注意)

WindingWind 風城国子智