300字SS 2018年9月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:秋)

麦の秋 ―幻想の青と白―

 日差しは夏なのに、車窓の光景はずっと黄金色。
「ねえ尤理(ゆうり)、あの畑、何?」
 不思議さを抑えきれず、順(じゅん)は、ボックス席の向かいに座っている従姉の脛を軽く蹴った。『システム』に聞いても良かったが、物知りの従姉に聞く方が数秒早い。
「麦」
 返ってきた、一言だけの言葉に「おおっ」と頷く。これが『麦』か。オンラインで学習はしているけど、見るのは、初めて。この植物が、あの美味しいものになるのか。口の中の唾を、順はぐっと飲み込んだ。
「大麦。麦茶用ね」
 その順の耳に、冷静な従姉の言葉が響く。
 麦茶だって、ちゃんと淹れれば十分美味しい。裏切られたような想いをその思考で修正すると、順は再び、逆転した季節の車窓に目を細めた。

2018.9.1. 風城国子智

魚の秋 ―九十九冒険譚―

 久しぶりに見た三叉(さんさ)亭の主人六徳(りっとく)は、別人かと見紛うほどに日焼けしていた。
「おう」
 波の音が響く砂浜に焚き火を作り、炎から離れたところで串に刺した細めの魚を炙る六徳が、ぽかんと口を開けた禎理(ていり)ににやりと笑う。
「食べるか?」
 楽しそうな声にこくんと頷くと、禎理は六徳から、食欲をそそる匂いがふわりと漂う串を受け取った。
 勧められるままに、細い魚にかぶりつく。腹側は苦かったが、背中部分は、脂の味が美味しい。
「この時期のが、一番美味しいそうだ」
 ほどよく焼けた串から綺麗に身だけを剥ぎ取った六徳が、禎理を見上げてもう一度笑う。
「ワタの部分は、好き嫌いがあるそうだが」
 確かに。六徳の言葉に、禎理は照れた笑いを返した。

2018.9.1. 風城国子智

忙しない秋 ―狼牙の響―

 裸になった田畑に、ほっと息を吐く。
 これで、後は、麦を蒔いて、雪囲いをして、脱穀して……。ああ、やらないといけないことはまだまだある、けど。収穫や保存食作りで身体が三つくらい欲しかった数日前よりはまし。もう一度、すっきりと何もなくなってしまった光景を見回し、蘭は今度はにやりと口の端を上げた。今年は、来年まで保つ量の収穫を得た。突発的な災害が起こらない限り、飢えることは、無い。
 癒えているはずの全身の痛みに、首を横に振る。
 干魃や冷夏で食べ物が無くなってしまった時、この『谷』の人々は不死身の能力者である蘭の肉で命を繋いだ。そのことは、誇って良い、はず、だが。消えた痛みに、蘭はもう一度、首を横に振った。

2018.9.1. 風城国子智