300字SS 2019年12月

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(お題:祝う)

祝福の朝

 薄暗い洞窟で、身を清める。
 洗いたての白い直垂と緋袴を身にまとうと、顔を隠す白布を付ける前に、蘭は誰も居ないはずの虚空に瞳を向けた。
「準備は良いな」
 洞窟に響いた、『谷』と一族を守護する『大巫女』の低い声に、普段通りの頷きを返す。『谷』で生まれた一族の赤子を祝福する大巫女様に扮する。それが、今朝の蘭の職務。
「では、参ろうか」
 姿の見えない大巫女様が、蘭の身体に乗り移る。
 職務とは言え、他人に身体を貸すのは正直気が重い。それでも、『一族』の慶事を祝う誇らしさも、確かに蘭の心の中には存在する。それで良いのだろう。大巫女様が指示する前に、蘭は僅かに明るさを増した洞窟の外へと歩を進めた。

2019.12.7. 風城国子智