300字SS 2022年11月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:来る)

その本の由来

 異父兄の下宿にはいつも大量の本が散らかっている。その中でも一際目立つのが、紙とは違う手触りの、周りの本よりも一回り大きい、古ぼけた本。
「こんな古い本、何処で見つけたの?」
 明の質問に、異父兄である徹は曖昧な笑みを見せるだけ。
 この小さな町にも本屋や古書店はあるが、こんな、いつも埃を纏っているように見える本は、図書館の書庫ですら見かけない。異父兄はいったい何処で、この本を手に入れたのだろうか? 気になる。重厚感のあるその本を横に置き、大学の課題らしい数式だらけの本を開いた異父兄から目を逸らすと、明は、どうしても気になってしまう異父兄の本の、きらきらと光ってみえる表紙をじっと見つめた。

2022.11.5. 風城国子智

捲土重来

 あいつに再挑戦する自分を「未練がましい」と評する人々がいることは、重々承知。だが、あの人の名誉を回復することの方が、大切。しっかりと研いだ剣を手に取ると、ラドは最強の敵が待つ闘技場に足を踏み入れた。
「来たか」
 相手の傲岸な声は、こてんぱんにやられたときと同じ。しかしこちらも、かつてのような、勢いだけで全てにぶつかっていっていた自分とは違う。持久力もつけたし、剣技も磨いた。後は、奴を倒すのみ。
 今回も、負けるかもしれない。過った弱気に唇を噛む。目の前のあいつは、ラドが密かに慕っている奥方を公然と侮辱した。ここで自分が負けてしまったら、あの方はどうなる。強い思いを、ラドは剣と共に相手の隙に叩き込んだ。

2022.11.5. 風城国子智