300字SS 2019年5月

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(お題:歌)

歌を忘れた小鳥に ―九十九冒険譚―

 森のあちこちで響く鳥達の声に合わせるように、春の喜びを告げる歌を木々の間に響かせる。だが、禎理(ていり)自身が紡いだ歌が終わっても、禎理の目線の少し上にある枝に止まった青い小鳥は嘴を開くことなく、その小さな瞳で禎理を見下ろすだけだった。
 『歌を忘れた小鳥に、歌を教える』。それが、今回の冒険依頼。実際に件の小鳥を目の前にすると、依頼の厄介さがよく分かる。
 春の喜びがダメなら、孤独を癒やす森の歌はどうだろうか? 思いつくままに、楽器無しで歌を紡ぐ。自分の持ち歌がなくなる前に、小鳥が歌を思い出してくれると良いのだが。まあ、思い出さなければ、次の手を考えれば良いだけ。気楽さを覚え、禎理は物言わぬ小鳥に笑いかけた。

2019.5.4. 風城国子智

歌を歌うには

「Ut……、Re……、Mi……」
 木陰に座り、持っていた羊皮紙を広げたサシャの沈んだ紅い瞳に、息を吐く。
「これ、この前聴いた感じだともう少し高い音、だった……」
 羊皮紙に書かれているのは、先程サシャが写した、この世界の『楽譜』。歌詞と、その上に記された、僅かな高低で音の高さを示した四角い点だけが見えるもの。
 拍子すら分からないのに、これだけで、歌うことができるのだろうか? 自分の声に四苦八苦するサシャに、同情する。トール自身も、音楽の成績は期末試験だけで何とかしていた人だから、サシャにアドバイスをすることは、無理。見守ることしか、できない。小さな声を出し続けるサシャに、トールは小さな唸り声を上げた。

2019.5.4. 風城国子智