300字SS 2021年3月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:隠す)

証拠隠滅ならず

 調理器具は全て片付けた。食器も、綺麗に洗って食器棚の中。部屋中に消臭剤を振りまいたので匂い対策もばっちり。証拠は全て腹の中。これで、同居人には。
「……章」
 だが。帰宅した同居人の第一声は甘くなかった。
「私が居ない間に美味しいもの食べたでしょ」
 何故、ばれた?
「章、すぐ顔に出るから」
 ダイエットは私が勝手にやっていることだから、章は気を遣わなくて良いのに。ぷっと膨れた同居人の頬に、小さく頭を下げる。自分の欲望には忠実でありたいが、頑張っている同居人の邪魔はしたくない。感情を顔に出さない練習をした方が良いのだろうか? 冷蔵庫からダイエット用のドリンクを取り出した同居人から、章は小さく顔を背けた。

2021.3.6. 風城国子智

引退と隠退

「『第一線から退く』ことはあるかもしれないな」
 散らばった食器類をカウンターに運ぶ禎理(ていり)の耳に、冒険者宿『三叉(さんさ)亭』の主人六徳(りっとく)の静かな声が響く。
「だが、……冒険者を辞めて静かに生きることは、お前さんにはできない」
 六徳の言葉は正鵠を射ている。宴会の余韻が残る三叉亭を見回し、息を吐く。
 昨夜騒いでいた、冒険者を辞めることを表明した中年男性に羨望を覚えてしまったのだろうか? 男性の表情に安堵を読み取ってしまった自分の感情に、静かに向き合う。おそらく自分は、怪我や病気で身を損ねることがあっても、『静かに生きる』という選択をすることはないだろう。自分の結論に息を吐くと、禎理は三叉亭の片付けに戻った。

2021.3.6. 風城国子智