300字SS 2019年3月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:涙)

涙を求める

 世の中には、宝石の涙を流す妖が居るらしい。
「で、その噂を確かめるために、そなたはここまでのこのことやって来た、と」
 大陸の辺境に位置する、深い森の中。にやりと口の端を上げ、尤(ゆう)を睨んだ女怪の、縦も横も尤の三倍はあろうかという影に、尤は逃げ出したくなるのを辛うじて堪えた。
 その時。
「うわっ!」
 身体を吹き飛ばす大風を、地面に這いつくばることでかわす。揺れに揺れる木々の間から見えたのは、地を覆い尽くす巨大な影。
「戻ってきたな」
 あの者が、宝石の涙を流す鳥妖。女怪の言葉にあんぐりと口を開ける。鳥の泣かせ方など、知らない。落ちた涙で尤が潰れてしまう可能性も、ある。どうすれば。尤は正直途方に暮れた。

2019.3.2. 風城国子智

涙の理由

 黒服を纏った人々の中に、見知った影を認める。
 小野寺(おのでら)と、伊藤(いとう)。小学生の頃から、同じサッカークラブで遊んだり勉強したりしていた二人。その二人の頬を濡らす涙に、トールは首を横に振った。二人が泣く理由は、……自分にある。
「トール?」
 優しい声が、耳を打つ。トールを見上げるサシャの、揺れる白い髪に、トールは何とか微笑みを返した。
「戻ろう」
 サシャに声を掛け、目の前の幻影を振り払う。次の瞬間、トールはサシャのエプロンの胸ポケットの中に『本』として収まっていた。
 古代の遺跡がある場所では、時折、トールの世界とサシャの世界が重なる現象が起こる。今回も、それが起きただけ。納得するために、トールは唇を強く噛みしめた。

2019.3.2. 風城国子智

涙の無い ―狼牙の響―

 物音一つしない見慣れた空間を、一つ一つ確かめるように歩く。どの場所にも誰も居ないことを確かめると、蘭(らん)は小さく、首を横に振った。
 『谷』に暮らす一族の最後の一人を看取ったのは三日前。栄えるのも滅びるのも世の常。それは分かっている。しかし本当に、一族が滅びてしまう日が来てしまうとは。胸の痛みに、蘭はそっと俯いた。しかし涙は出てこない。
 悲しみが強すぎると、涙が出ないこともあるらしい。誰かから聞いた言葉を、思い出す。しかしそれは、今の蘭の、涙の無い理由になるだろうか?
 ともかく、『谷』の一族は滅びた。『谷』の外で暮らす一族の状況を、探らねば。想いを振り捨てるように、蘭はもう一度、首を横に振った。

2019.3.2. 風城国子智