300字SS 2022年7月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:洗う)

首を洗って

 いつもは三分で風呂場から出てくるリュウが、今日は三十分経っても出てこない。
 まさか、シャワーで溺れた? 胸騒ぎを覚え、一息で風呂場の戸を開ける。息を止めたアキの前にいたのは、もこもこした泡を全身にまとったリュウの影。
「何か、向山の奴がさ、『首を洗って待っていろ』って、言ってきて、さ」
 対立するグループの幹部の名を挙げたリュウが、石鹸をたっぷりと含んだタオルで首筋を撫でる。
 泡のせいで、リュウの全身にあるはずの傷跡は見えない。
 何だ、惚気か。心配して損した。僅かな心の痛みを無視すると、アキはリュウに、泡を全部綺麗に流してから風呂場から出てくるよう指示を出した。

2022.7.2. 風城国子智

洗濯好きの理由

 揺れる洗濯物の向こうに見えたのは、普段通りの白い影。盥の側にしゃがんでいるその影に向かって呼びかけるギリギリで、トールは自分の声を喉にしまった。目の前の影は確かに、サシャに似ている。だが、サシャよりも少し儚げ。
 はたと、目を覚ます。
 視界に映ったのは、整然と干された洗濯物の海と、『本』であるトールを抱き締め、疲れた顔で午睡を取るサシャの細い腕。
 サシャが洗濯好きな理由は、サシャの母が洗濯をするのを見ていたからだろう。先程の夢からそう結論づける。トールも、父と母を見ていて自然と本を読むようになった。小野寺と伊藤が楽しそうだからサッカーが好きになった。眠気に負け、トールは再び幻の瞼を閉じた。

2022.7.2. 風城国子智