300字SS 2018年12月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:灯す)

電灯の無い場所

 北の窓から入ってくる光が、静かに薄れてゆく。
[もうそろそろ、帰る時間じゃないのか?]
 書見台に乗せた分厚い本を丁寧に読み解いているサシャに、『本』に転生中のトールは定位置であるサシャのエプロンの胸元ポケットから声を掛けた。
「うん」
 窓の外を確かめたサシャが、名残惜しそうに本を閉じる。
 講義や本から得た知識や論理を、議論によって深めていく。これが、この世界における『学習』の方法。人と議論することが苦手なサシャは、その弱点を本を読むことで補おうとしている。
 この世界にも『電気』があれば良いのに。サシャの胸元で唇を噛む。『電灯』があれば、もっと本を読むことができるのに。叶わぬ願いに、トールは首を横に振った。

2018.12.1. 風城国子智

電灯を設える場所 ―狼牙の響―

「見てないで手伝ってよ、蘭(らん)!」
 肩までびしょ濡れになった植(しょく)に、半ば呆れた笑みを返す。
 蘭の家近くにある小さな滝に植が設置しようとしているのは、植自身が設計した小さな水車。滝の力でこの水車を回し、生じた『エネルギー』とやらを磁石や針金から成る機器で変換することによって、夜でも作業ができる『電灯』という明かりを得ることができるらしい。手始めに蘭の家に『電灯』を設置しようと奮闘する植を、蘭は不思議な面持ちで見つめた。
 夜は暗いもの。それが、九百年生きてきた蘭の『常識』。それが、覆る? 不安を、蘭は小さく振り捨てた。新しいものも、悪くない。だから。
「手伝おうか、植」
 微笑んで、蘭は冷たい水の中に足を踏み入れた。

2018.12.1. 風城国子智