300字SS 2018年10月

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(お題:食べる)

食いしんぼうの魔物 ―九十九冒険譚―

 不意に強くなったパンの香りに、感情の制御を忘れて飛びつく。
 食いちぎりかけた丸い指からかろうじて牙を離すと、模糊(もこ)は頬張った堅いパンを頬の奥に詰め、そして模糊にパンを差し出していた指に滲んだ甘い血をそっと舐めた。
「夕御飯、遅くなってごめんね」
 その指の持ち主、小さな魔物である模糊のご主人、禎理(ていり)の声が、模糊の耳に快く響く。穀物と血の匂いを腹に収めてから、模糊は無い首を横に振った。
 冒険者として大陸を渡り歩いている禎理と模糊がこの街に辿り着くのが遅くなった理由は、黄昏時を歩く旅人を狙うならず者達の所為。禎理の所為じゃ、ない。小さくちぎったパンを再び差し出す優しい指に、模糊は今度はその頬を擦り付けた。

2018.10.6. 風城国子智