300字SS 2020年8月
Twitter300字SS参加作品です。
(お題:泳ぐ)
遊泳禁止
松林の向こうに見えた小さな人影に、足が止まる。
魚釣り用の砂浜で海を見ているのは、髪の長い、章と同じくらいの背格好の子供。小学校では見ない顔だから、おそらく、村の老人の家に遊びに来ている子供。
「ここは、遊泳禁止」
一息で林を出、見知らぬ子供の前に立ち塞がる。
ここは、河口に近い。魚は釣れるが、溺れた子供も多いと親から聞いている。
「泳ぐなら、向こう」
手作りの釣り竿を横に振り、遊泳許可が出ている砂浜の方を指し示す。目を見開いた見知らぬ子供の、お腹を隠していない水着姿に、章の頬は何故か熱くなった。
章の指示に、目の前の子供が小さく頷く。
去って行く子供の、揺れる長い髪に、章は無意識に首を横に振っていた。
2020.8.1. 風城国子智
宇宙を泳ぐ
喉の渇きを覚え、ぐるりと、辺りを見回す。
計器しか見えない狭い空間には、音が無い。一カ所だけぽっかりと開けた小さな窓から見えるのは、夜より暗い『無』。
「これでよし」
満足そうに微笑んだ、蘭の身体に様々な測定器具を貼り付け、全身を覆う大仰な服を着せてくれた同族の女性、啓の姿が歪んで見えるのは、顔を覆うヘルメットの窓が丸い所為。
「『不死身』だから大丈夫だと思う、けど」
啓の声が僅かに揺れた、次の瞬間、蘭の身体は、先程まで窓から眺めていた『無』の中に放り出されていた。
自分の身体なのに、制御が利かない。戸惑いに、唇を引き結ぶ。しかし悪い感覚ではない。ふわふわと回る思考と全身に、蘭は我知らず微笑んでいた。
2020.8.1. 風城国子智