300字SS 2018年11月

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(お題:霧)

霧の先にあるものは ―狼牙の響―

 じんわりと重くなった袖に、苦笑する。
 こんな薄暗い刻に、山道を登っているなんて。理由も無いのに。草履の下に感じる尖った石に、蘭は再び微笑んだ。理由は、……いらない。
 上り坂だった道無き道が、不意に緩くなる。ゆっくり流れる霧の向こうに見えてきたのは、疎になった木々と、ふんわりと朱に煙る空。
 やっと着いた。視界に広がる、まだ霧の中にある『谷』に、目を細める。
 一族が平安に暮らす『谷』を囲む山々の中で一番高い、北辺の頂上。この場所から見る『谷』の景色が、一番好き。霧が消え、普段通りに目覚めていく眼下の景色を、蘭は飽きることなく眺め続けた。

2018.11.3. 風城国子智