300字SS 2018年4月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:新しい)

魔術の刻

 作りたての杖と、買ってきたばかりの短剣を、祭壇の上に並べる。
 二つの物品が見せる白さに、魔術師は思わず目を細めた。
 魔術を行う際に用いる物品は、新品であることが必要。何度も読み込んだ古い書物の語句を正確に思い出しながら、祭壇の周りの白い地面に、新しい杖を使って魔法陣を描く。杖も、短剣も、……贄も。閉じた魔法陣の中央に立った魔術師は、汚れの無い光を湛えた短剣を手に取った。そう、魔術を行う魔術師自身も、まっさらな、新しいものでなければならない。小さく頷くと、魔術師は、その鋭い光で自身を切り裂いた。
 新たに生じた血に、魔法陣が光る。
 その光の真ん中にいたのは、まだ小さい、しかし『新しい』魔術師、だった。

2018.4.7. 風城国子智

おろしたて、なのに ―九十九冒険譚―

 追っ手をまいた後の、人影の無い小路で、そっと下を向く。
 やはり。べったりと広がった血の赤と、無様に裂けた布の影に、禎理の口から出たのは、溜息だった。
 あの、ならず者達に理不尽に殴られていた少年は、無事だろうか? 確かめることができないことを承知の上で、首を伸ばして左右を探る。多分無事だろう。禎理自身も、怪我は、浅い。大きさの異なる幾つかの裂け目に指を這わせて確かめる。おろしたばかりの上着が、犠牲になっただけ。
 高位の人物と会う際に侮られないようにと、友人である貴族騎士須臾が贈ってくれた服なのに。また、怒られる。歪む端正な顔を脳裏に浮かべながら、禎理は小さく微笑んだ。

2018.4.7. 風城国子智

炊きたて、の ―狼牙の響―

 勢いづいた竈の火を、灰をかけて調整する。
 強火だと、焦げてしまう。しかし弱くしすぎても、うまく炊けない。物心付いてから、数え切れないほど何度も炊いているけど、難しい。カタンと音を立てた重い木の蓋に、蘭は微笑みながら息を吐いた。
「蘭! 炊けた?」
 突然響いた高い声に、思考が中断する。
 振り向かずとも、蘭の家の近くの蕎麦畑の収穫を手伝ってくれた子供達が複数、外へと繋がる引き戸の向こうに集まっていることは、すぐに分かった。
 おにぎり、何個必要だろうか? 気配を数えて息を吐く。朝来ていた人数よりも多い気がするが、まあ良いか。ふわふわと漂う、収穫したての米の匂いを鼻から大きく吸い込むと、蘭は塩の容器に手を伸ばした。

2018.4.7. 風城国子智