300字SS 2017年9月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:雲)

雨が降る前に ―九十九冒険譚―

 定位置であるポーチから顔を出した瞬間に見えた、視界を覆う灰色に、震える前にポーチから飛び出す。
 そのまま、主人である禎理(ていり)の肩に飛び乗った小さな魔物、模糊(もこ)は、裸になった麦畑と誰もいない放牧地とを分断する小道を早足で歩く禎理の、汗の浮いた首筋に、自分の頬をすり寄せた。
「大丈夫」
 急ぐから、ポーチに戻って。振り向いて模糊と同じものを見、そして遠くに見える、目的地である街の周壁を確かめた禎理は、半ば強引に、しかし優しく模糊を掴み、禎理の腰のベルトに配したポーチへと押し戻す。
 あの暗色の雲に追いつかれる前に、禎理が街に辿り着けますように。不意に冷たくなった空気の中、模糊は必死に、祈った。

2017.9.2. 風城国子智

君のために作るもの

 肉が少しだけ手に入ったので、小麦粉を水で練る。
 苦みの少ない青物と肉を細かく刻んで混ぜたタネを少しずつ、小麦粉を伸ばして作った皮で包むと、底辺が少しだけ膨らんだ小さな三角形が多量に、章の前に並んだ。
「何これ? 餃子?」
 音も無く帰宅した同居人の顎が、章の左肩に乗る。
「雲呑」
 横のコンロで沸かしている、生姜を効かせた鶏ガラスープに入れて火を通せばできあがり。章の言葉に、同居人の頬が膨れたのが、頬越しに分かった。
「じゃあ、当分お預けだね」
 その言葉を残し、ついと、同居人は章から離れる。
 煮込む必要は無いのだから、すぐにできるのに。しかし呆れを見せることなく、章は、どっかと椅子に腰を下ろした同居人に微笑んだ。

2017.9.2. 風城国子智