300字SS 2018年7月

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(お題:約束)

約束は昔

 いきなり目の前に現れた指輪に、思考が混乱する。
「どうした? 受け取ってくれないのか?」
 その指輪を差し出す武骨な指を見つめたまま、リィンは声を出すことを忘れた。
 確かに、まだ幼い頃、リィンはこの、リィンの家を守っていた武人の男と婚約した。でも、それは、幼いリィンの我が儘を宥めるために大人達が用意した『嘘』。そう、リィンは思っていた。それに。今のリィンは、政変で没落した貴族の娘。昔の、我が儘が言えた頃とは違う。家計を助けるために、両親が決めた金持ちと結婚しなければならない。
「俺は、本気だったんだけどな」
 遠ざかる指輪に、唇を噛む。
 昔と同じ広い背中を見送るリィンの視界は、ずっとぼやけたままだった。

2018.7.7. 風城国子智

かつての約束

「約束したよね。僕の宰相になるって」
 この国の支配者である『神帝』に就任したばかりの青年の言葉に息を飲むサシャの鼓動を、エプロン越しに読み取る。
「したの?」
[した]
 おまえが怪我でぶっ倒れていた時に。僅かに俯いてトールを見たサシャの、昔と変わらない瞳の色に、トールは苦笑を押し隠しながら一言だけ答えた。
 『魔導書』であるトールの裏表紙裏に刻まれた、達筆とは言えない文字を意識する。この文字を書いた頃の青年は、まだ幼かった。そしてこの青年は、サシャが生死の境を彷徨っていた時に叫んだ約束を忘れていなかったようだ。
 青年の想いに、サシャはどう答えるか? 多分一択。サシャが頷く前に、トールはにやりと口の端を上げた。

2018.7.7. 風城国子智