300字SS 2021年9月

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(お題:残る)

名残

 何も無くなった、がらんとした小さな部屋に寒気を覚え、落ち着くために息を吐く。
 『彼』はもう、どこにもいない。彼が触れたもの、関わったものは全て消去された。それなのに、……彼の気配が残っている気がするのは、何故だろう?
 私も、もう、行かなければ。彼の気配を振り切るように、首を強く横に振って部屋を出る。外に出ると、普段通りの湿っぽい風がアキの全身を包んだ。彼が好きだった、雨が降る前の空気。
「彼のことは、忘れなさい」
 『保護者』の言葉が脳裏に響く。
 忘れられる、わけがない。首を横に振ったアキの目の前が一瞬だけ暗くなる。しかしすぐに明るくなった空間に、アキは目を瞬かせた。私は、何故、泣いていたのだろうか?

2021.9.4. 風城国子智

残り物には

「遅かったな」
 昼下がりだというのに珍しく人の気配0の冒険者宿『三叉(さんさ)亭』に、思わず目を瞬かせる。
「今ある依頼は全部割り振っちまった」
 誰もいない冒険者宿の床を箒で掃く主人六徳(りっとく)の言葉に、禎理(ていり)は違和感しか覚えなかった。霧の魔物で、人間界の食物が好きだという理由で食堂兼冒険者宿の主人をやっている六徳は、冒険者の能力に応じた冒険依頼しか振らないことで有名。その六徳が、三叉亭に屯する冒険者全員に依頼を割り振った、その真意は?
「一つだけ、残ってたな」
 首を傾げた禎理の耳に、六徳の小さな笑いが響く。
「何か食べるもの、残ってますか?」
 込み入った話になりそうだ。その予感のまま、禎理はカウンター前の椅子に腰を下ろした。

2021.9.4. 風城国子智