300字SS 2018年8月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:帰る)

帰宅して

 全身を包むもわっとした空気に、思わず口をへの字に曲げる。
 これだから、夏は嫌いだ。昼間の日差しでほかほかになった無人の部屋に文句を言うと、章は一つしか無い窓を大きく開いた。
 扇風機と、窓から入ってくる温い風が、ほんの少しだけ、部屋の空気を冷ましてくれる。この室温では、クーラーを点けてもそう簡単には涼しくならない。諦めの息を吐く前に、章は冷凍庫から買い置きのアイスクリームを取り出した。
 室温で溶ける前に急いで、アイスクリームを口に運ぶ。
 僅かに涼しくなった感覚を確かめると、章は窓をきっちりと閉めてからエアコンのリモコンへと手を伸ばした。

2018.8.4. 風城国子智

帰りを待つ者

 斜めになった天井から閉じたままの扉へと、物憂げに視線を移す。冷え冷えとした空間に息を吐くと、七生(ななお)は、埃が積もりかけたベッドに腰を下ろした。
 禎理(ていり)が帰ってくる予定の日から、既に三日が過ぎている。今日中に帰ってこなかったら、依頼を受けて禎理が調査している遺跡まで冒険者を派遣すると、禎理が所属する冒険者宿三叉亭の主人六徳(りっとく)は言っていた。雨戸の隙間から斜めに差し込む光に首を横に振ると、七生は、自分の部屋に戻ろうと腰を上げた。
 その時。軋む音と共に、扉が開く。
「七生?」
「禎理!」
 部屋に入ってきた影を認めた瞬間、叫びにも似た声が、七生の口から飛び出す。小さな身体を確かめるように、七生は禎理をぎゅっと抱き締めた。

2018.8.4. 風城国子智

戻り来たりて

 薬の匂いが漂う部屋に入るなり硬直したサシャの、鼓動の変化を感じ取る。
 小さな部屋の殆どを占めるベッドに眠るサシャの叔父の表情は、トールに、自分を可愛がってくれた母方の祖父を病院に見舞った幼い日を思い出させた。
「サシャ」
 ベッド側の椅子に腰を下ろしたサシャを、枯れた声が揺らす。帝都での暮らしは? サシャを呼び戻すなんて、師匠も大げさな。叔父の言葉に頷くだけのサシャを、トールは見守ることしかできなかった。
 サシャの瞳から落ちた涙が、トールを濡らす。
 『本』ではあるが、俺は濡れても大丈夫。我慢するな。サシャの帰宅が遅れると必ず顔色を変えてサシャを抱き締めていた腕の、今の細さを確かめ、トールは首を横に振った。

2018.8.4. 風城国子智