300字SS 2020年3月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:鞄)

縫い終わった鞄に

「……できた」
 エプロンと同じ色の鞄を胸の高さに持ち上げるサシャの頬の赤さに、トールの唇も綻ぶ。
 この鞄は、学業に必要なものを持ち運ぶために、サシャの叔父ユーグが績み織った麻布でサシャが丁寧に縫ったもの。当然、普段はエプロンの胸ポケットに収まってサシャと一緒に過ごしているトールも、この鞄の中に引っ越すことになるのだろう。石板や鉄筆を丁寧に鞄に収めるサシャの手に、トールは一抹の淋しさを覚えた。
 そのトールを、サシャが掴む。
 一呼吸で、『本』であるトールの身体は、サシャのエプロンの胸ポケットに収まっていた。
 戸惑いつつ、サシャを見上げる。
 トールを見下ろし、微笑んだサシャに、トールは小さく頷いてみせた。

2020.4.3. 風城国子智

この鞄では

「すまない、緊急で北部諸国に行ってくれないか」
 冒険者宿三叉亭に足を踏み入れた途端の六徳の言葉に、自分の姿を確かめる。
 穏やかな晴天を確かめ、森に薬草を摘みに出掛けようとした自分の鞄は、肩に掛ける小さなもの。遠くまで旅に出る場合、この鞄では心許ない。
「今すぐ、ですか?」
 薄暗い空間の向こうにある六徳の顔を、確かめる。
「ああ」
 真面目に頷いた六徳に、禎理は小さく微笑んだ。
「鞄を変えてから行きます」
「そうしてくれ」
 背負い鞄、新調しておいて良かった。旅用の食料を禎理の前に積み上げた六徳に小さく頷く。なるべく丈夫な鞄を調達したから、ちょっとの遠出では壊れないだろう。高揚を覚え、禎理は僅かに口の端を上げた。

2020.4.3. 風城国子智