300字SS 2019年4月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:咲く)

花が咲いたら 1

 村外れに、咲くことがない蔓薔薇に覆われた廃墟がある。
 蔓薔薇が花を咲かせた時、廃墟の奥底に眠っている何者かが目を覚ますという、噂と共に。
「それ、本当の、話?」
「震えながらの台詞じゃないだろう」
 弟の背に隠れる双子の兄に、肩を竦める。
 懐から杖を取り出し、習い覚えた呪文を唱えると、廃墟は一瞬にして華やかな色に染まった。
 そのまま、しばらく待つ。だが、……期待していたことは、何も起こらなかった。
「綺麗だね」
 震えていたはずの兄が、横に現れて微笑む。
 この廃墟に潜むという強大な力を解き放ち、兄弟が持っていた権利を奪った親族もろともこの世界を滅ぼしてやろうと、思っていたのに。肩を落とし、弟は兄の腕をそっと掴んだ。

2019.4.6. 風城国子智

花が咲いたら 2

「花、咲かないね」
 頭上の木々を見上げた小さな影を追うように、日差しを遮る太い枝を見つめる。小さな蕾は見えるが、開く気配はない。
「咲かないと、一年生になれない?」
 地面に目を落とした小さな影の、しょんぼりとした声に、思わず吹き出す。
「咲かなくても、四月になったら一年生になれるよ」
 そう、教えると、小さな影はぱっと顔色を明るくした。
「本当?」
 一年生になったら。歌いながら木の周りを回る小さな影に、肩を竦める。この世界は、……楽しいことばかりではない。それでも。
「友達、たくさんできるかな?」
 駆け寄ってきた小さな影に、全てを隠した微笑みを返す。
 この小さき者に、幸せを。花のない木に、私は小さく、祈った。

2019.4.6. 風城国子智