300字SS 2016年6月

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(お題:地)

地に縛られしもの ―九十九冒険譚―

 そのような場所が、本当にあるのだろうか? 目の前の小さな影が発する凛とした声に、心の奥底で息を吐く。辺りを見回すと、どこまでも続く普段通りの深い緑が、毘央の心を揺らした。
「……どうなさいました、土地神様?」
 歌が一段落したのだろう、毘央が守るこの森にしばしば入り込む小さな人間、禎理が、口を閉じる。その禎理の、疲れ沈んだ瞳の光に、毘央は口の端を上げた。
「何でもない。続けよ」
 諦めたように微笑んだ禎理の口が、毘央が知らない場所を映す歌を再び紡ぎ出す。彼の歌だけが、この森しか知らない毘央が外の世界を知る手段。だからこそ。倒れそうになった小さな身体を助け起こすと、歌を続けるよう、毘央はその影に促した。

2016.6.4. 風城国子智

地に縛られしもの ―氷心、揺れて―

 眼下に広がる光景は、あくまで静か。
 神々しいほどの月の光に照らされた、片手で包めるほどの封土を見やりながら、若王リュカは口の端を上げた。
 脳裏に過ぎるのは、この地を守る若き領主の、凛とした横顔。この地に対する責務がなければ、今すぐにでも彼を自分の腹心にしてしまうのに。昼間、狩りをしているところを襲ってきた不逞の輩を少数の部下達と共に制圧した少年領主の鮮やかな手腕を思い出しながら、リュカは首を横に振った。本当に、惜しい。……いや。心に秘めた決意を思い起こし、リュカは再び口の端を上げた。今はまだ、自分の力が足りない。だが、……いつか、きっと。近づいてきた小さな気配をわざと無視し、リュカは小さく頷いた。

2016.6.4. 風城国子智

地に縛られしもの

 薄明るい、それでもどこか寒気を感じる侘びしい道を、ひたすら歩く。今は骨と皮だけになってしまった手足に絡みつく重い空気を感じながら、尤は気配だけで目的地を探した。……ここだ。静かに立ち止まり、口を開く。尤が唱える、尤の家に代々伝わる呪文を聞いた、周りを漂っていた湿り気を帯びた空気が苦しそうに震える、その様が、皮膚のあちこちから伝わってくる。痛みにのたうちながらも、それでも尤は、呪文を唱えることを止めなかった。地に縛られたものたちを、解放する。それが、尤の家の裏の職務。
 諦めたように、重い空気が尤の周りを離れていく。その気配の中に、親しみのあるものを感じた、尤の瞳から、小さな涙がこぼれ落ちた。

2016.6.4. 風城国子智