300字SS 2020年9月

Twitter300字SS参加作品です。
(お題:夕)

夕刻の約束を破ると

 公民館が鳴らす夕刻のチャイムの音が聞こえてきたらすぐに、家に帰らなければならない。そのことは、学校でも家でもきつく言われ続けていた。だが、もう少し遊んでいても。友達が蹴ったサッカーボールが転がってくるのを、章は笑いながら蹴り返した。
「あっ!」
 勢いがつきすぎたボールが、公園の隅に転がっていく。しかたがない。友達に頭を下げると、章は薄暗くみえるその片隅にそっと足を踏み入れた。ボールは、公園の周りを囲んでいるフェンスに引っかかっているはず。だが、章の予想に反して、ボールはどこにも見当たらなかった。
 泣きそうな気持ちで、友達の方を振り向く。
 友達も、公園も消えていることに気付いたのは、丁度その時。

2020.9.5. 風城国子智

夕刻の選択

 茜色に、そして灰色に変わっていく木漏れ日に、足を止めることなく微笑む。
 木々は、まだ、途切れそうにない。今日も、森の中で野宿になる。風にざわめく木々を見上げ、禎理(ていり)は小さく頷いた。人いきれの激しい町や村よりも、森の中の方が安全だと思ってしまうのは、物心もつかない幼い頃から、深い森で過ごしてきた所為。
 ここは、少し湿っている。褪せた茜色の中を進む足が踏みしめる感覚を確かめながら、辺りを見回す。もう少し乾いた、身を隠すことができる場所を探す必要がある。森の中で共に暮らしてきた家族との思い出を首を横に振って一時的に追い出すと、禎理は全身を目にして、今夜眠るのに適切な場所を探し始めた。

2020.9.5. 風城国子智