300字SS 2016年8月

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(お題:声)

声の代理

 不意に手の中から奪われた楽譜に、視線が泳ぐ。
 先程までは確かに、楽譜通りに声を奏でる禎理(ていり)を見守っていたはずの、今は禎理から取り戻した楽譜に羽ペンを滑らせる黄金の髪に、禎理は目を伏せ、そして微かに揺れる背を見詰めた。
 天楚(てんそ)の名君、活破(かつは)七世は、その二つ名「無言王」の通り、幼い頃の熱病に声を奪われてしまっている。その王に求められるまま、王が時折作る歌を王の代わりに歌ってみせるのが、一介の冒険者でしかない禎理の、現在の任務。
 自分の歌の技が役に立つのなら。声無き王が手渡す楽譜に、全ての感情を飲み込んで頷く。禎理が発した歌声に今度は満足げに微笑む王に、禎理も思わず笑みを零した。

2016.8.6. 風城国子智