300字SS 2019年8月

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(お題:旅)

ただいま留守にしております

 昼下がりの冒険者宿『三叉(さんさ)亭』に入ってきた、軽いガウンを羽織った老人に、小さく頭を下げる。
「禎理(ていり)は?」
「北部諸国です」
「そうか」
 新しい本が手に入ったので、写してもらおうと思ったのに。唇を曲げてカウンターに座った、この宿の看板冒険者禎理の後見人でもある大学教授金衡(かねひら)に、六徳(りっとく)は新しい葡萄酒を出した。
「船に乗って西へ行こうという気を起こさなければ、十日後くらいには帰ってくるかと」
「行きたいと思ったら、どこにでも行くさ、禎理は」
 葡萄酒を飲んだ金衡教授の言葉に、口の端を上げる。確かに、衝動のままに旅をするのが、禎理。だから。
「帰ったら、寄越してくれ」
 半ば諦めたように立ち上がった老人に、六徳は首を縦に振った。

2019.8.3. 風城国子智