『魔導書』に転生した俺と、あいつとの日々。

番外編 君がいた遠い日々

 打ち合わせはしていないはずなのに、司(つかさ)が到着した時には既に、丘の麓にある小さな寺の入り口には友人達が集まっていた。
「遅いじゃないか」
 司を認めた友人の一人に、笑みを返す。
「あれ、小野寺(おのでら)は?」
「『小野寺』じゃないだろ、もう」
「体調が万全じゃないから、今日はごめんって」
 別の友人の言葉を混ぜっ返す声に、司は今度は、ほんの僅かに首を横に振った。
「結婚式の時に、報告に行ったし」
「まあ、しゃーないよな」
「文乃(あやの)一人の身体じゃなくなったし」
 どうやら、司が一番最後に到着したらしい。男女入り交じったグループが、寺の境内の端を通って丘の方へと動く。十人くらいの友人の殆どは、司や文乃、そして透(とおる)が小学校時代からずっと通っていた、今も時々顔を出しているサッカー&フットサルクラブの仲間達。
「晴れて良かったな」
 梅雨が明けた、それでも少し雲の多い夕空を見上げた友人の独り言に、大きく頷いて空を見上げる。本当に、雨でなくて良かった。あの日、大雨の傘の下で泣いていた文乃の、抱き締めた背中の冷たさを思い出す。震えを隠すために、司はそっと、頬を伝う汗を拭った。
 丘の斜面に整然と並ぶ墓石の一角が、司達の目的地。既に家族の誰かが来たのだろう、古ぼけた、それでも掃除されてさっぱりとした墓の前には、夏らしい色の花が生けられている。その花の横に、司は、半年ほど前に妻となった文乃から預かった一輪の向日葵を手向けた。
「大丈夫さ。小野寺は伊藤(いとう)のこと好いてるし、断るとしても他の人達には伊藤のこと、悪く言うことなんてない」
 これまでの友情を壊したくないと思い悩み、文乃に自分の好意を伝えることを躊躇っていた司の背中をそっと押してくれた、小学校時代からの友人、透の言葉を、まざまざと思い出す。文乃に想いを伝え、文乃からも司に対する好意を受け取ったその夜に、透は、不注意運転のトラックに轢かれて命を落とした。透に言おうと思っていた「ありがとう」の言葉は、永遠に言えないまま。
「ずっと十九のままなんだよな、山川(やまかわ)は」
 目頭の熱さに目を閉じた司の耳に、友人の言葉が小さく響く。
 透がいなくなってから七年。友人達は既に社会人となり、結婚し子供もいる友人もいる。透だけが、あの日のまま。
「案外、『異世界』とかに転生してたりなんかして」
「何言ってんの」
「あれは小説の話だろ」
 重い気分を吹き飛ばしたいのか、少しふざけた友人達の言葉が耳を揺らす。
 異世界に転生しても、透ならきっと、どこから仕入れてくるのか分からない知識と、誰に対しても分け隔てない誠実さで、困難を乗り切っているに違いない。……司を助けてくれた時と同じように。すっかりと傾いた夕日に、微笑んだ唇の歪みを覚え、司はそっと俯いた。